生活と小説 その2

 サイゼリコによると、冷麦の姉が彼氏をあの自称知性派アイドルに寝取られたというのは本当で、冷麦の姉は、あのアイドルが所属しているグループの幾人か、さらに他の複数のアイドルにも寝取られていて、要は、姉が寝取られたというよりも、彼氏がアイドルを食いまくっているのであるのであるからして、そこら辺の、妙な事情のこんがり方がサイゼリコの興味を引いたのであります、とサイゼリコ。自分で自分のこと、サイゼリコって呼ぶんですね、とヤマザキ。ええ、たまに。
 なんだかんだとヤマザキ喫茶室ルノアールでサイゼリコと話し込んでしまい(冷麦は派出所で親に引き取られていった。合掌)、さらになんだかんだあってヤマザキがワカバヤシとの待ち合わせ場所の紀伊國屋書店本店の六階・映画関連本コーナーに到着したのは、待ち合わせ時間の十五分前。ヤマザキは階段を六階まで駆け上がったため、疲れ切っていて言葉が出ない。
 そして夜が来て、朝が来る。
 
 ヤマザキは翌日、サイゼリコと再びルノアール。冷麦もいっしょ。
 サイゼリコはまじめなんだかまじめじゃないんだか分からない表情をしながら、時々、かなり鋭いことを言ったかと思うと、急ににやーっとしたりする。となりでメモ帳に落書きをしている冷麦。

——こんにちは。ヤマザキと言います。
 こんにちは、冷麦です。
——変わったお名前ですね。
 ええ、父は冷水で、姉は温水、兄はどん兵衛、わたしは冷麦ですから、多少はバランスが取れているんじゃないかと思います。
——お父さんのご職業は?
 作家です。香川冷水という名前で、いかがわしい小説を書いています。

プチっ。

 ヤマザキの冷水へのインタビューは、ヤマザキのICレコーダーの電池切れのため、三十秒で打ち切られた。
 その後、電池を買いはしたけれど、インタビューをする気も起きず、サイゼリコと冷麦との三人で、建物の屋上でバドミントンをした。急に強い風が吹いて、シャトルが流されていく。そして、隣のビルの三階の窓へスポンと。
 
 冷麦の弟は西武新宿ペペにいた。
 イシバシ楽器店である。
 指を使わずに息を吹く勢いだけでメロディーを出せる笛のようなものを探していたのだ。
 冷麦弟はカズーのようなものをイメージしていて、ギターを弾きながら、カズーをぶーぶー吹けば、自分が歌わなくても、曲を作って録音できると思ったので、急に欲しくなって、イシバシ楽器にやってきて、あちらこちらを回ってカズーを売っている場所を探しているうちに、ギター売り場でエレキギターを試奏したり、音楽ソフトコーナーで価格の高さで驚いたりしているうちに一時間位経ってしまっていて、ハーモニカというかブルースハープ売り場に辿り着いた時には、もうカズーへの気持ちを失いかけていたのだけれど、店員さんに、なにかお探しですか? と尋ねられた時、手を使わずに音程を出せる笛のようなものを探しているんですけど、と言っても相手には通じず、冷麦弟は、要はカズーみたいなものなんですけれど、と言った。

 試しに吹いてみてください、と言われて冷麦弟は、手渡されたカズーを吹いてみた。なかなか音がでない。わたしがやってみます。わたし、サックスやってたので、といって、冷水弟が持っているカズーを店員は吹いた。 
 冷麦弟は「間接キス」だ、と思った。
 店員の名前は外岡と言った。
 店員はそのカズーを何度も吹いてみるが音がでない。そしてそれを冷麦弟に手渡す。
 冷麦弟は、こいつは頭がおかしい、と思うが、手渡されたよだれでグチャグチャのカズーを吹いてみる。どうやら自分も頭がおかしくなったみたいだと思う。
 店の奥から、マーク・ボランみたいなギターが聴こえてきている。
 そうやって、三度、四度とカズーを交換しては、ふたりでヒューヒューと音にならない音を出している。
 冷麦弟は、しばらくして店を出たのだけれど、当然、そのカズー交換のあとは、なんだかんだあった。
 冷麦弟と外岡はすでに電話番号やらいろんなものを、なんだかんだの間に交換し終わっていた。
 外岡のポケットの中にはベトベトしたカズー。
 冷麦弟は、どうしようもなくなって、家に帰って、物置から金属バットを取り出し、素振りを百二十回。
 あら、お兄ちゃん、今から甲子園でも目指す気なの?と冷麦妹。

つづく