生活と小説 その1

 ヤマザキ西武新宿駅の改札を通ってから、地下街への階段を降りていて、薄暗い踊り場で座っているホームレスの横を通り過ぎる際に多少の罪悪感を抱いたり、急いでいる訳ではないのだけど、なんとなく小走りしたら汗ばんで、無印良品のグレーの半袖シャツに染みが出来てしまい、うんざりもしながら、とりあえず待ち合わせ時間まで新宿サブナードで時間を潰そうと思ったのだが、約束の時間まで、まだ一時間半くらいあるので、我ながら家から早く出発し過ぎるにも程があるとも思うのだけれど、福家書店や古本市や薬局もあるし、いざとなれば西武新宿駅の上にあるぺぺに戻って、ユニクロやら無印良品やらイシバシ楽器に行ってウロウロしてたっていいし、ドトールかなにか、安いカフェみたいなところで、ボーッと目の前を通って行く人を眺めてたっていい訳で、それで一時間半くらいは、ふつうに潰れるでしょう、人をジロジロ眺めるのは昔から大好きだし。

 ヤマザキと待ち合わせをしているハタケヤマは、ヤマザキとの待ち合わせ場所に二時間前から来ていて、立ち読み好きのヤマザキなら、もうここにやって来ていてもおかしくないはずだ、と紀伊国屋書店をワンフロアずつまわり、最終的に絵本売り場でダラダラしながらも何度も携帯電話を気にしたり、妙にソワソワした感じを味わいながら、わたしはヤマザキさんのことが好きなのかしらー、そうでもないのかしらー、そもそもヤマザキさんはわたしのこと、どう思ってるのかしらー、好きなのかしらー、なんとも思ってないのかしらー、などと考えたりもしたが、ヤマザキが自分のことを好きだったら、なんとなくウザいし、逆になんとも思っていなかったとしたら、無性に腹が立つし、誰かにとことんヤマザキの悪口を言ってやりたい気がするし、ヤマザキに関する悪口の材料はとことん持っているのだから、それをきちんとあたかも軽いエッセイのようにまとめて、これブログに載せようと思うんだけど、ヤマザキさん、添削してーと、ヤマザキに送ってやれば、多少は悔い改めるだろうと思ったが、途中で自分の考えが迷走していることに気がつき、これはやはり、わたしがヤマザキのことを好きだからじゃないかとも思ったりして、イライラしたりもして、イライラする自分にも腹が立ったりしていて、結局わたしはどんどんどんどん腹が立つんだ、きーっ!とハタケヤマ。その間、ハタケヤマは、ちょっと離れたところで教育書を呼んでいるナルシストっぽい男にジロジロ見られているような気がしてイラッとしたが、やっぱりわたし最近、自意識過剰気味なのかしら、と思って下着の肩紐を直したら、またナルシスト風の男がジロっと見たので、再びイラッと来たのだが、その瞬間、自分はヤマザキさんに愛されたいのだわ!そしてヤマザキさんもわたしを愛しているのだわ!と、何故だか直感。根拠なし。あいつ、ナルシストにも程があるよな、と窓に映っているのであろう自分の髪型を直しているナルシストを眺めていたら、そのガラス越しにナルシストと目があって、ハタケヤマの全身に鳥肌が立つ。

 ヤマザキサブナード前のやや薄暗い通路を通ろうとすると、壁側に老若男女がおとなしくズラーっと並んでいて、係員が三列に並んでくださーい、と言っているので列の先は三列くらいになっていると思うのだが、後列につれて、人々がぐちゃーと並んでいるのだか並んでいないのか、よくわからなくなっており、その、ぐちゃーっと固まっている老若男女が徐々に三列に形成されて行く様は楽しいし、列を辿って行くと、案の定、福家書店のイベントコーナーで、ヤマザキと元カノがいっしょに応援していたアイドルの握手会だったりしたので、ヤマザキは、なんとなくうれしくなる。

 紀伊国屋書店では握手会が開かれていて、それはハタケヤマが一冊だけ読んだことがある作家の握手会で、一冊と言ったけれど、実際はその本の題名にもなっていて、その中に収録されている芥川賞を受賞した中編だけしか読んでいないのだけど、やはりすごく身近に感じたりもしたので、列に並ぼうと思ったけれど、随分と列も長いし、サインを貰うには新刊を買わなければならなかったので、とりあえず、その作家の顔だけ見ておこうと思い、ハタケヤマが列の先頭に行ってみると、そこには思ったより禿げていて、思ったより小さい男性が、セコセココキコキとサインペンを走らせていた。そんな紀伊國屋書店の午後。

 方や、ヤマザキ福家書店で立ち読みをしているのだが、目の前のパーテーションの向こうに、あのアイドルがいるのだなあ、と思うと、ちょっと感傷的にもなったりして、というより、自分から感傷的な気分を自分自身に醸し出したりして、今は他人の妻となっている元カノとの楽しかった日々に思いを馳せたり、わざとその頃読んでいた本を文庫売り場で見つけ出し、感傷的な気分をさらに高めていたら、突然、ドンっという音がして、自分のすぐ横にある雑誌が並べてある平台に、制服姿の女性が飛び乗った。ちょうど、スポーツコーナーの「トライアスロン・マガジン」やら「週刊パーゴルフ」などのあたり。

 たぶん十代後半だろうと思われる女性というか女子というか女の子が、制服というか制服風の洋服で、雑誌が並んでいる平台の上でポーズを決め、それを二十代前半らしい女性が、その様子をたぶん高画質だと思われるビデオカメラで撮影をしていて、女の子はオペラっぽい歌を歌い出すが、歌詞は全然聞き取れず、ヤマザキはその様子をボーッと見ているのだが、周りが止めようともしないので、これはなにか、テレビか映画の撮影かと思ったけれど、書店の店員さんが、またあいつらか、と言っていたので、どうやら、ゲリラ撮影かなにかなんだろうと思い、ビデオカメラを構えている女性に、これは、あれですか? なにかの撮影ですか? と尋ねてみると、ええ、ドキュメンタリーを撮ってるんです。この子、変な子なんで。へえ。出来上がったら見てください、これURLです。(時々、女の子のすっとんきょうな叫び声)あ、ぼくもいろいろ書いたりもしているので多少、興味があったりなかったり。じゃあ、名刺ください。あ、はい。ありがとうございます。わたし、あいにく名刺を切らしておりまして、このQRコードをピピっとやってもらえれば、わたしのサイトが見れますよ。
 女の子は依然、棚の上で雑誌を踏みつけながら歌ったり叫んだりしている。それをビデオカメラで撮影している女性。QRコードに導かれたどり着いたサイトによると彼女の名前は現代撮影家サイゼリコ。撮影対象になってるのは、東京都清瀬市の冷麦ちゃん十九歳。
 ヤマザキは、一瞬、アホかと思う。
 冷麦ちゃんはバレエ風にぴょんと飛んでクルッと回って、またぴょんと飛んでクルっと回って書店を出たと思うと、そのまま握手会が行われている方向へ。冷麦ちゃんを追うサイゼリコ。ふたりは係員を突き破って握手会に突入していく。

 以下、冷麦が、居並ぶファンたちに向かって叫んでいたこと。(その様を、右左にステップを踏みながら撮影するサイゼリコ)
 みなさん! こんなところで、こんな顔をしながら平然と握手をコイているこの自称知性派アイドルはわたしの姉の彼氏を寝とったばかりか、日々、キャンパスで男漁りにうつつを抜かし、猫を蹴り飛ばし、犬に噛み付き、生牡蠣を一日三十個喰らい、シャンパンをたらふくのんでゲップを放つ、腐った女なのです!
 ファンと称するあなた達も同罪です! こんな女を公共の電波にのさばらしておくとは、あなた達も同罪です! いや、もっと罪が重いのです!
(ここで冷麦は、おもちゃの光線銃を打つ。ビコビコビコビコ。サイゼリコは歓声を上げる。ひゃーい!)
 案の定、大人たちに抱えられて連れ去られる冷麦とサイゼリコ。
 やっぱりアホだ、とヤマザキは思う。
 
つづく